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横綱・稀勢の里の出身地はどこ?お嫁さんは誰?

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横綱になった稀勢の里関!

2017年1月、ついに稀勢の里が横綱に昇進しましたね!
おめでとうございます!!

1場所優勝だけでの横綱昇進に賛否両論あるようですが、やはり日本人横綱の誕生はうれしいものですね。
今日はそんな稀勢の里関を紹介していきます。



なぜ稀勢の里関は横綱になれたの?

横綱になる条件には、『大関で2場所連続優勝かそれに準ずる成績を上げる』という規定があります。
今回の昇進は、昨年度の年間最多勝と初場所の優勝が『それに準ずる成績を上げる』に該当したと考えられています。

「横綱」とは? 「横綱」という単語は相撲に興味がない人でも一度は耳にしたことがありますよね。 大相撲の最高位の番付が「横綱」です。 ...

稀勢の里のプロフィール

ここで簡単に稀勢の里のプロフィールを見ていきましょう!

四股名:稀勢の里 寛(きせのさと ゆたか)
本名:萩原 寛(はぎわら ゆたか)
生年月日:1986年7月3日(30歳)
出身:茨城県牛久市
生涯戦歴:716勝567敗(85場所)
受賞歴:優勝1回/ 殊勲賞5回/ 敢闘賞3回/ 技能賞1回
身長:187cm
体重:175kg
BMI:50.04
所属部屋:鳴戸部屋→田子ノ浦部屋

稀勢の里はどんな力士?

稀勢の里は野球少年で小学生時代は捕手を、中学1年からは投手をしていたそうです。なんと中学3年の時には常総学院などの強豪校からの勧誘もあったとか!

しかし、「自分はでかいだけ。野球は、うまくない」という理由で断ったようです。

2002年に中卒で角界に入りし、鳴門部屋(現在は田子ノ浦部屋)で鍛えられました。

一時は「白鵬キラー」と呼ばるほど対白鵬の成績が良かったです。

得意技は、左四つ・寄り・突きです。

稀勢の里は大関昇進まで約10年かかっています。

横綱には新入幕から所要73場所でした。

これは琴桜と三重ノ海の60場所のスロー記録を大幅に更新しています。

稀勢の里のお嫁さんは?

かっこいい稀勢の里関ですが、まだ独身のようです。

イベントで「何度か結婚を迫られたことがある」と発言していたようなので、ずっと彼女がいないわけではないようです。

現在彼女がいるかどうかはわかりませんが、優勝したら結婚するかもしれませんね。






稀勢の里の出身地は?

稀勢の里について調べていたら「稀勢の里 出身地」でよく検索されていることがわかりました。

気になったので私も調べてみました。

調べた結果、稀勢の里が産声を上げた場所は兵庫県芦屋市です。

2歳で茨城県龍ケ崎市、中学2年生時に茨城県牛久市へ転入しました。

『稀勢の里』の名前の由来は?

四股名である『稀勢の里』の由来が気になったので調べてみました。

この四股名は、貴乃花に次ぐ17歳9カ月という最年少記録で関取になったので「稀(まれ)な勢(いきお)い」と名付けられたようです。「里」は師匠の隆の里の「里」だそうです。

「里」の文字は稀勢の里本人が望んだようです。

稀勢の里は赤ちゃんに泣かれやすい?

稀勢の里が赤ちゃんを抱っこするとなぜか大泣きされてばかりだそうです。
おもしろいですね。

まとめ

・2017年初場所で初優勝し、横綱に昇進した!
・野球少年だった
・独身
・生まれたのは兵庫県芦屋市。その後、茨城県龍ケ崎市、牛久市で育つ。
・四股名の由来は「稀(まれ)な勢(いきお)い」+親方の「里」
・赤ちゃんを抱っこするとなぜか大泣きされる



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