相撲についていっしょに学ぼう!

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相撲中継に映った謎の“和装美人女性”4人組のうちの1人は寿々女さん?動画あり!

      2017/08/08



9月13日に大相撲を観戦していた和服姿の美人女性4人組は誰?

2016年秋場所も終わってしまいましたね。
今、ネットで秋場所3日目(2016年9月13日(火))に相撲を観戦していた和服姿の美人女性4人組が話題になっているようです。特に1人だけ白粉だった女性が注目されています。
秋場所3日目と言うと綱とりの期待がかかる稀勢の里関が2敗目を喫して「あぁ、こりゃだめだ」となった日ですよね。
その日に観戦していた和服姿の女性はいったいどんな人なのでしょうか?
今日は和装美人に迫っていきたいと思います。





観戦していたのは新橋の芸者さん達!

観戦していたのは新橋の芸者さん達です。
4人は、向正面左側の溜席に和装で並んで座っていました。
右端の若い女性だけ鬘を被り、白粉まで塗っていたので目を引きました。
東側の力士の表情がアップになるたびに、白粉の女性の顔も同時に何度も画面に映り込むので、気になった方が多くいたようです。
動画はこちら↓です。左の前から3列目あたりに座っていますね。



この芸者の方たちは、座席の左から、尾上流の君二郎さん、花柳流の秀千代さん、尾上流の小福さん、そして白粉の女性は、西川流の寿々女(すずめ)さんです。

残念ながら画像は寿々女さんのものしか見つかりませんでした。



想像していたよりも綺麗な方でした。残りの方の写真も見てみたかった…





そもそも”芸者さん”ってどんな人?

女芸者は平安時代に誕生しており、当初は「白拍子」と呼ばれ、「芸事」だけをする「女芸者」は存在しなかったそうです。
色と芸が主だったが、江戸時代に入り、幕府公認の遊郭「吉原」に「芸は売っても媚びは売らぬ」が性分の「吉原芸者」が誕生しました。
「芸者と寝ずに、芸を楽しむ」ことが江戸時代の「粋」となって、芸者が大流行しました。
そして、現在の新橋、深川の遊里には、芸事しかしない「芸者」が生まれ、日本の伝統芸能として語り継がれています。
現在、芸者は「舞妓」として厳しい稽古を積み重ね、舞妓の中でも優秀な人しかなれません。
舞妓は若い人が多いですが、芸者は舞妓として修行をした後なので、舞妓より年齢が高い人になってしまいます。
そりゃそうですよね。
今回大相撲中継に映った寿々女さんが若くて綺麗な芸者さんだったためこれだけ話題になったようです。
ちなみ料亭の場合、舞妓や芸者を一人派遣してもらったら、4万位からかかるそうです。
やっぱり高いのですね。

寿々女(すずめ)さんのプロフィール

ここで、寿々女さんについて簡単に紹介しましょう。
寿々女さんは青森県の弘前市出身。
中学2年のときにテレビで舞妓さんを見てから花柳界に憧れたそうです。
中学校を卒業し、京都で芸者修業を積むも20歳で引退しました。
1年の休養を経て、大好きなお稽古事が忘れられず、新橋花柳界で復帰することになりました。
凛とした佇まいが人気を博し、今では一流の料亭に引っ張りだこです。
『新橋の宝物』と評される若手のホープだそうです。
すごい方なのですね。
相撲観戦の日はお客さんに誘われて行ったようです。
なぜ、4人の芸者さんのうち寿々女さんだけ、白粉姿の“正装”だったのかというと、はっきりとした理由はわかりませんが、お客さんからの要望であったのではと考えられているようです。
40代前後の若いお客さんの中には、“芸者は鬘に白粉”というイメージが強く、お支度代を払ってリクエストする人も少なくないそうです。
そうなんですね。私は知らない世界のお話でした。

寿々女さんの画像はこちら→寿々女さんの画像一覧







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